【親の「こうなってほしい」を自戒することの大切さ】

道南ひきこもり家族交流会「あさがお」の話より
 2019年10月、西原村のカザルでも講演いただいた不登校支援のスペシャリスト、ソーシャルワーカーとして北海道で活躍される野村俊幸さんのFB投稿より転載させていただきました。

 ひきこもる家族との関係を何とかしたいと何年家族会に参加し続けても、なかなか捨てきれないのが当事者に対する「こうなってほしい」という思いではないでしょうか。本来ならば当事者の「こうありたい」気持ちに寄り添い支えていくのが理想的ですが、当事者の気持ちは容易にはわかりません。そもそも「こうありたい」思いがあるのか、考えているのかさえわからず日々ともに暮らしています。 どのようにして当事者の思いを知ることができるのか、これが絶対だという方法があるわけではありませんが、1つに「子どもが安心して話せる親になる」というのがあります。発達障害のお子さんを育てている女性の経験では、親から見てつまらない・くだらないと思える願い事でも可能な限りかなえてあげると子どもは親に安心して話せるようになるそうです。

 一例として「子どもが夏にセーターを着たい」と言ったことをあげていました。この場合、親の対応は3タイプに分かれると思います。
●タイプ1は「夏に着る人はいない」と取り合わない親です。
●タイプ2は実際に着させて、その後「誰も夏に着てないでしょ。」と批判的なコメントをつける親です。
●タイプ3はセーターを子どもに渡し、後は何も言わない親です。
 どの対応をしても、子どものたどり着く結論は同じです。「夏にセーターは着るものではない」でしょう。でも、納得の仕方が違います。1は「みんながやらないことはやらない」、2は「やった後で何か言われる」、3は「自分の体感で納得」といったところでしょう。彼女は、常に3の対応を心がけたと言います。この例は、だからタイプ3の親のがいいという話ではありません。子どもの成長過程では、どのタイプの対応も子どもにとっては必要です。年齢が低ければ低いほど、タイプ1・タイプ2で対応する場面が多いそうです。家族会の場合、成人した当事者の話が聴ける親になるには、本人の意思を尊重したタイプ3の対応が日頃から求められると思います。

 家族会で話される親の「こうなってほしい」の代表的なものは「仕事についてほしい」だと思います。親は様々な情報を得て子どもに伝え、動き出すことを期待します。その結果、当事者が何かを始めようとした時(何もできない状態も含めて)、「それは無理だ」とか「それでは暮らしていけない」とタイプ1の対応をしないでしょうか。自分に合わない仕事を知ったり無理さ加減を実体験するのも無駄なことではありません。むやみに何かを始め自分を追い詰めることのないように暮らすのも大事なことです。ちょっとやり始めて辞めた時、「せっかく見つかった仕事なのに」とタイプ2の対応をしないでしょうか。辞めるにはそれなりの理由があったはずです。うまくいかなくても非難されないことが、次への一歩につながると思います。子どもが夏にセーターを着たいと言った時、親は着たいとも思わないし着るものでないとわかっているからといって、子どもから「自分で体感し納得」する機会を奪っていいとはなりません。「子どものため」という親側の思いだけから先回りして動き回ることは、当事者の心に置き去りにされた失意を積み重ねていくように思えます。

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