いま民主主義の魂はどこにあるのか?

 今回の大統領選では、皮肉にも民主主義の根幹となる選挙を通じて、自由と民主主義の価値を広め続けてきたアメリカの地位が、地に落ちた様相を呈していると思います。なぜアメリカの民主主義はここまで分裂の危機を招いてしまったのでしょうか?原因はいろいろあるはずですが、私は民主主義が資本経済至上主義に傾斜しすぎてしまったこと、そして資本主義でみなが幸せになれるという構図が世界的に崩壊してしまったこと、そのうえでいまだに多くの人々が資本主義経済至上主義の価値観にがんじがらめにされていることにその原因を求めたいと思います。さまざまな二極化・格差・分断の拡大、大量生産大量消費の限界、詳しくは述べませんが、トランプ大統領という存在、そして今回の選挙戦は、そうしたアメリカ民主主義のひずみがもっとも顕在化した現象として表れているのでないでしょうか。
 ここで勘違いしてはいけないのは選挙は確かに民主主義を象徴する制度ですが、民主主義って選挙だけのことではないですよね。大切なのは人の心のなかにある民主主義的な価値観がしっかり培われているかどうかってことではないでしょうか?ですから今回の大統領選の両陣営のはげしい分断を見ていると、けなし合っている人々の心の中に民主主義はあるのだろうか?それともけなし合うことも民主主義と呼べるのだろうかと分からなくなってしまいます。

 アメリカは多民族国家ですから、自分の立場を主張し、お互いの違いを知り、共通了解できる地点をさぐっていくというコミュニケーションが不可欠な国です。日本人が苦手とされるディベートなどにも慣れているのはそのためで、民主主義という価値観が大切にされてきたのは、建国以来の歴史的な異文化理解のトライ&エラーの積み重ねがあるからなのではないかと思います。日本も民主主義国家を名乗っていますが、日本の民主主義は自ら勝ち取ってきたものではなく、戦勝国アメリカから与えられてきたものです。ですからいまだに日本の民主主義は借り物で国民の間に根付いていないと感じます。(学校も例外なく)

 民主主義国家アメリカに1960年代末に誕生したサドベリーバレースクールは、徹頭徹尾、民主主義を学校経営に取り入れた新しいタイプの学校です。日本にもその流れを汲むデモクラティックスクールが草の根で広まりつつあります。「本物の民主主義って何だろう?」そんな思いから、民主主義の本場イギリス出身で娘さんをサドベリースクールにやったFIDS「福岡インターナショナルデモクラティックスクール」の代表アレキサンダーさんに民主主義ってなんなのかお話を伺ったことがありました。とても印象に残っているのは「あなたは民主主義というものを左図のように民主主義という体制の枠のなかでとらえようとしていないか?」とした上で「民主主義というのは右図のように体制の枠自体を取り払って考えるといい」と図を描いて説明してくれたことです。分かったような分からないような感覚でしたが、いま考えると民主主義というのは、一人ひとりの心のなかに根付くものなんだと言いたかったのかなぁと思います。

 こうした民主主義の価値観ってどこで身に付けるんでしょう。もちろん家庭でも大切にしたいですが、学校こそ、民主主義を学ぶ場であってほしいですね。(残念ながら民主主義の価値観が日本の学校の隅々まで浸透しているとは言い難いです。このことに気づいていない教師、気づいているけど、そうせざるを得ない教師)
 ニイルのサマーヒルスクールやサドベリーバレースクール、デモクラティックスクールなどは、民主主義を経験を身に付けることをもっとも大事にした学校と言えます。こういう民主主義に貫かれた学校で育ったら一体どんな大人になるんでしょうね。私はそういう日本人の卒業生に会ったことがありませんが、いろんなしがらみから解放された自分らしさと相手の個性を大事にできる人になるのでしょう。そういう民主主義を体現した人は日本においてはオルタナティブスクールで多く見ることができると思います。

左:アレキサンダーさん(FIDS代表)2017.4.8
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